9種の聖なるハーブ

 

オーディン.jpg

流離人ウォーディン。

 

このように絵画などでは一般に、

片目が無い、長い髭を持った老人

で、つばの広い帽子を被り、グング

ニルという槍を持った姿で表される。

 

スウェーデンの画家

ゲオルク・フォン・ローゼンによる。(1886年)

 

 

9つの薬草と呪文

九つの薬草の呪文はウォーデンについて触れられる

二つの古英詩のうちの一つです。

Wyrm com snican, toslat he man;
ða genam Woden VIIII wuldortanas,
sloh ða þa næddran, þæt heo on VIIII tofleah.
þær geændade æppel and attor,
þæt heo næfre ne wolde on hus bugan

 

A snake came crawling, it bit a man.

Then Woden took nine glory-twigs,

Smote the serpent so that it flew into nine parts.

There apple brought this pass against poison,

That she nevermore would enter her house.

 

 

上の文は古英語、下の文は現代英語です。

 

日本語でいう古語と現代語みたいな関係です。

 

蛇が這い来たりて人傷つけたり。
ウォーデン九つなる栄光の枝を取り、
長虫を打ちつくるに、これ九つに砕け散りぬ。
ここにおいて林檎は毒に打ち克ちて、
以後 蛇人の家に住まうことを欲さざるなり。

 

 

wyrmを現代語ではA snakeとなっていますが、

いわゆる蛇状の怪物を意味してると考えられています。

 

ille and finule, felamihtigu twa,
þa wyrte gesceop witig drihten,
halig on heofonum, þa he hongode;
sette and sænde on VII worulde
earmum and eadigum eallum to bote.
Stond heo wið wærce, stunað heo wið attre,
seo mæg wið III and wið XXX,
wið feondes hond and wið færbregde,
wið malscrunge manra wihta.

 

タイムとフェンネルを、いと力強き双方を、

薬草を、賢明なる主は創造(つく)りたり、

てんにおわす神々しき者は、懸られし時に。

これを七つなる世界に捉え送りたり、なべて貧なるもの、

富なるものの慰めとて。

これは痛みに効き、毒に効く、

これは三十と三(の疾患)に対し。

悪魔の仕業に対し、突然のたぶらかしに対し、

悪しき者共の呪詛に対し。

 

この部分では、薬草の創造主を「天におわす神々しき者」

とし、彼が「懸られし時に」作ったとしています。

 

ここに出てくる九つなる栄光の枝、

すなわち9種の薬草がこれにあたると言われています。

 

①マッグウィルト(Mucgwyrt、ヨモギ)
※蓬の葉裏のフワフワを集めたものがお灸に使う艾です。
日本だけでなく広く薬草として使われて来ました。

②アトルラーゼ
(Attorlaðe、R.K.ゴードンによればカッコウソウですが、

他の研究者はベトニーと定義しています)

 

※もしもベトニーであれば
今の日本ではハーブ名のビショップスワートの方が
ピンと来やすいかも。
日本の寺院でも栽培されていた歴史あり。
ただしカッコウソウであるとすると、
日本では薬草としては使われた形跡は無さそうです。

③スチューン(Stune、ミチタネツケバナ)
※英名hairy bittercressの名前のとおり、
クレソンによく似た見た目と味で、
帰化植物として日本でも生えてます。

④ウァイブラード(Wegbrade、オオバコ属)
※西洋オオバコ。
傷の治療やヘビによる咬傷の治療に使われて来ました。
肌荒れ防止効果があるそうです。
揉んで足裏に貼付けると疲れが取れるとも言われています。

⑤マイズ(Mægðe、カミツレモドキもしくはカモミール)
※カミツレモドキは見た目はカモミールそっくりですが、

異臭を放ち皮膚炎を起こしたりします。
ただし、古代ではそういう部分を
薬効と捉えていた可能性もあるのかもしれません。
カモミールの場合、
ジャーマンかローマンかは特定できていません。

⑥スティゼ(Stiðe、イラクサ属)
※西洋刺草。
現代日本では「ネトル」の呼び名の方が一般的です。
花粉症やアレルギー性疾患の方がネトルティーを

良く飲まれています。

⑦ウェルグル(Wergulu、リンゴ属)
※クラブアップル。
姫林檎で厳寒となるヨーロッパ北部でも実をつけます。

⑧フィレ(Fille、チャービル)
※日本では,タイムとなっていますが、

恐らくコモンタイムを指していると思います。
そのあたりは所説あり明確ではありません。
英語の文献では、これはタイムではなく

チャービルだという説もあります。
実際チャービルも薬効があるとされる植物で、
フランス名がcerfeuil(セルフィーユ)なので、
難しいところです。
しかもドイツでもこれはチャービルとされています。
ということで、チャービル説が有望かと思います。

⑨フイヌル(Finule、フェンネル)
※フェンネル。
世界中で口直しとして種を齧ったり胃の薬にも使われます。

 

呪文の終わりには、先に述べた薬草を用いるために

砕いて粉末にし、古い石鹸やリンゴの果汁と混ぜ合わせるよう

散文で書かれてあり、さらに水と灰から練り物を作り、

これにフェンネルを入れて煮立て、

泡立てた卵と混ぜ合わせたのち、

出来た軟膏を塗るように説明しています。

 

加えて、調合する前の薬草とリンゴに向って

呪文の歌を三度詠唱すること、

患者の口と両耳、患者本人に向って

膏薬を塗る前にも呪文を唱えること、

と指示しています。