Himwariのひとり言

2022-07-02 11:03:00

story

この駅で降りるのは、私と髪の短い女性とスーツ姿の紳士の三人だけ。前の駅で乗っているた乗客のほとんどが降りてしまった。といっても十数人程度ではあったが、それでもこの辺りでは大きめの駅だ。そしてそこから一つ隣りの駅になるだけで一気に活気が無くなってしまう。

改札を抜けるとカウンターだけの立ち飲み屋や片づけを始めた八百屋などしか目には入らないが、それでも私的にはにぎやかだと思っている大通り。そしてそこからさらに一つ裏に入った小道沿いに私の店はある。

ここは、調合屋。そう言われたことも実は声に出して言ったことも無いのだが、自分ではそう認識している。響きが良いからと思いそう決めてみたのだが、実際は言うタイミングがなく今日までそう名乗ったことすらない。

ねじ締まり錠をくるくる回し木枠のついたガラスの引き戸を開ける。扱いにくい鍵ではあるが、これでなかなか趣があり、雨の日の濡れながらクルクル回すとき以外はさほど不満もない。この開きの悪い引き戸も同様である。

中に入ると、店内にこもったハーブの香りが開いた扉から逃げ出そうと一斉に向かってくる。毎回この香りに心地よくやられる。今日も楽しくやれそうだ。

扉を開けると右手にカウンターと椅子が4つ。カウンターの中に入ると奥側には瓶に入ったハーブが棚に収まっている。というかそれが棚であったかわからないくらいに、色々なサイズのハーブが入ったガラス瓶が幾何学的においてある。それはカウンターを乗り越えて奥の壁まで続いている。傍から見れば乱雑という言葉に落ち着くのだろうが、必要な位置に必要なものがあると思っていただきたいものだ。

カウンターの中に身体を潜り込ませると丸椅子が一つ。ここに座りながら視界に入るハーブ達を見渡すことが始まりのルーティーン。気になるハーブをいくつか見つけ出し、今日のブレンドにする。一つ二つと瓶を手にしたところで、引き戸の開く音がした。

 

清楚な佇まい。髪は肩より少し短め。うつむき加減のその女性は学生には見えない、でも社会人にしてはまだ若い感じ、あごがスーッと細くなっているのは、少しやせ気味なせいなのかもしれない。

「ここは喫茶店ですか?」

彼女はすいませんと言わんばかりに背中を少し丸めた姿勢で私に話しかけてきた。カウンターに椅子が並んでいればそう思うのも当然。それ以外の店だと思う事の方がむしろ難しいだろう。

「実はこの辺りにハーブをブレンドしているお店があるって聞いていたのです。それで伺ってみたくて探していたのですけど全然見つけられなくて。そうしたら、今あなたがこの店に入ってくのを見て、もしかしてと思って来てみたのです。」

彼女は所狭しと並ぶハーブの瓶を見回しながら、喫茶店の答えも捨てきれないけど、きっと正解の答えを見つけたのだろうと確信したように話し始めた。よく見ると先程駅で一緒に降りてきた女性のようだ。

「ハーブティーを売っているお店ですか?」

さらに彼女は確信を得るようにハーブの瓶から私に視線を移して言った。

「まぁ、そんな感じですよ。」

今まさに調合屋ですと名乗るチャンスなのに、喉元まできたその言葉を飲み込んでしまった。この繰り返しで未だに名乗れない。全くをもって情けないところである。

そして彼女は私のあいまいな答えのせいで、確信だった答えが揺らいでしまい、少し顔が曇ってしまい店に入ってきたときのようにうつむいてしまった。

「ハーブティーがお好きなんですか?」

と彼女に聞いてはみたものの、きっとそうであろう。だから探していたのだろうから。全くをもって愚問だった。なんでこんな商売やってるの?と言われても否定はできないくらい話しは苦手だ。

「好きっていうか…どうかな? 実は飲んだことが無いのです。でも飲んでみたいなって。」

彼女は目線を上にあげ、瓶に入ってるハーブを見まわしながらそう話した。

「そうですか。では一度お創りしますので飲んでみてください。」

えっ?と言わんばかりにびっくりした顔の彼女を横目に、私はハーブを見渡す。話しは苦手でもこれは本業、気持ちを整えるとハーブ達に呼ばれていく。

元来、調合するには今の症状や気持ちの状態などを聞いて、それに見合ったハーブをいくつかピックアップして色と味を整えていきます。ところがいつのころからかハーブの方から「私を使って」とアピールするようになったのです。もちろんそんなことをお客様に言えば怪しいと思われるでしょうから、心に留めておきながら調合していくのですけどね。

7,8,9…と、9種類もですか。だいぶ応援してくれますね。」

留めておいたはずなのについ言葉にしてしまった。

「なんのことですか?」

女性は不思議そうに見つめる。ハーブの瓶を手に取りブツブツ話しかけている男が目の前にいれば不思議そうに見つめるか、関わらないように目をそらすかのどっちかだ。私は返答してもよけいにこじらせるだけだからと思い、聞こえないふりで調合を始める。「勘」という言葉はとても神秘的で感覚的であり才能があるようにも思えるが、視点を変えればただ雑なだけにも見えてしまう。方向音痴の私が見知らぬ土地で勘を頼りに歩きだして目的地に辿り着いたことがないそれの事だ。しかしハーブは原産国や花の咲き方、細かさなどで色も味も変わってしまう。数値には現れない部分を勘を頼りに合わせていき、最後に量り合計の数値を合わせていく。時に0.01g単位まで量って調合する時もあるが、全ては手に取ったハーブ次第で決まっていく。そこにはやはり感覚的な方の感が必要であり、そして何度も言うがこれが本業なのである。

カウンターの上には藤色、桃色、橙色の砂が入った3つの砂時計がある。それぞれ砂の量が違い3,5,7分と使い分けている。花、葉、茎、種子など使用する部位やその細かさによって蒸らす時間も変わってくる。濃い味を勧めたい時なども長く蒸らしたりする。今回は5分蒸らしに決めた。調合したハーブをガラスのティーポットに入れお湯を注ぐと藤色の砂時計を逆さにした。

「どうぞその椅子に腰掛けて5分ほどお待ちください。」

女性は軽く頭を下げると木でできた丸い座面の少し高い椅子に腰かけた。

「ハーブが呼ぶんですよね。」

心に全然留め切れていない。むしろ自慢げに話したい自分がいるのだろうか。毎回言って後悔するのにどうしても話してしまう。そもそも心に留めておいたことなんてあったのだろうか。

「呼ぶ?」

「ハーブ達がね。この方には私を使ってって呼ぶのですよ。声が聞こえるわけではないのですがね、役に立ちたいって名乗りをあげるのですよ。」

「そうですか。ではきっと私に合うハーブなんですね。」

女性は口元に笑みを浮かばせながら言った。思いのほか受け入れてくれたので、危うく調子に乗って色々語りそうになってしまった。

「ここは何屋さんなんですか?不思議なお店ですね。この通りも何度か歩いたのですけど、気が付かなかったなぁ。」

語りださなければ会話が無くなってしまう。無の空間を彼女の方が気を使って取り除いてくれた。

「そうですか、ではきっと今日のあなたにハーブ達が会いたかったのではないでしょうか。」

結局語り始めた自分がいる。

「そう言ってますか?ハーブとお話しするのですか?」

「どうですかね。私がそう思ってるだけかもしれませんがね。」

砂時計の砂が調子よく話し出す私を止めるかのように最後まで落ち切った。私はティーポットのハーブティーをガラスのカップへ注ぎ、彼女の前に差し出した。

「呼ばれたハーブでお創りしたハーブティーです。飲んでみてください。熱いですからお気をつけて。」

女性は口元へカップを運び、軽く香りを嗅いでからフーフーと息をかけて飲んでみた。

「あぁ、温まりますね。美味しい…」

「それはよかったです。」

「ほんとに美味しい。来てよかった。」

ゆっくりと頬に赤みが差し、口角が上がっていく。私はティーポットを片付け、また調合をはじめた。

「私ね、今の仕事初めて2年くらいなんですけど、全然進歩がなくて。」

カップを持ったまま左側のハーブの瓶を眺めながら女性は話し始めた。

「いっつも怒られてばっかりで、後輩の方が仕事早いし、私なんでこの仕事やってるんだろうって。何にも楽しくなくて。でも辞めたって何したいわけじゃないし…でも、やりたいことは他にあるような気がするの。でもそれはやりたいと思っているだけで、簡単にできることじゃない気がするし、とりあえず今のところにいれば生活はできるし…」

一瞬言葉が止まった。遠くに目線を置く。

「ハーブ達は何を想うのかしら。」

その後は何も話さず、無言のままハーブティーを飲んでいた。得意げに語るタイミングなのかもしれなかったが、またも現れた無の時間をハーブ達に託してみた。私の言葉よりもいい仕事をするに違いない。それはそれでどうかと思うが…

「ありがとうございます。とても美味しかったです。このハーブティーはあなたが今創ったんですよね?」

最初よりも気持ち元気な声で彼女が言った。

「ハーブ達と一緒にですがね。これは9つのハーブを使っています。その中には、心を穏やかにする者もいれば、身体を温めたり、お腹を労わったりする者たちもいます。みんなが力を合わせて、あなたを笑顔にするハーブティーなのですよ。」

「私を笑顔にですか?」

女性はカップの下に少し残ったハーブを見ながら答えた。

「あなたは私が電車から降りてここに入るのを見ていたんですよね。」

私は彼女の向かい側に立ち話しかけた。

「はい…そうですけど…」

彼女は失礼だったかなという意味を込めて答えた。

「人はね、どこかで誰かが見ているのですよ。あなたが求めていたものに辿り着くために行動を起こした結果、私を見つけてここに来てくれました。私はあなたに見つけてもらうようなことは何もしていません。あなた以外にもです。でも見られているんです。私を必要としている人に。あなたの周りにもきっといるはずです。ただ残念なことにあなたが気がついていないのかもしれませんよ。もう少しだけ目線を上げて過ごしてみませんか?きっとあなたを必要としている人は案外近くにいるかもしれません。そして、たまには人の話に委ねて流されてみてください。」

調合しているときにハーブ達からそういう言葉を感じましたよ。と付け加えたかったが、さすがに不思議度が上がりすぎてしまうのでここでやめておいた。

「私を必要としている人なんていますかね?」

彼女は不安げに話す。

「はい、いますよ。」

私は笑顔でハッキリとそう答えた。もちろん自信があります。必要ない人なんていないですし、ここにきて数分間私と時間を過ごしてくれたことだって、とても大切な時間でしたからね。

「そうやってはっきり言われるとそんな気がしてきますね。このハーブティーは売ってるんですか?」

彼女は笑顔で答えた。そう思えるのは私の言葉よりもハーブの力ですがね。

私はカウンターの上に茶色い小さな袋を置いた。

「ここに先程飲んでいただいたハーブティーが入っています。これはあなたがいらっしゃった時にハーブ達が望んでできた調合です。まずは持ち帰って飲んでみてください。うちのハーブ達がちゃんと仕事をこなしていればあなたはきっと笑顔になって楽しく過ごせるでしょう。そうしたら次回いらっしゃった時にお支払いください。大丈夫です。法外な金額ではないですから。」

これが調合師たるゆえん。調合することばかり気が入って商売が成り立ってない。

「そんな…でも…ちゃんと支払いますよ。」

人生の中でこんな対応はなかった。いや、これからもないだろうという顔で彼女は答えた。

「委ねてみてください。あなたはここが何屋か気になっていたでしょう。ここはこういう店なんですよ。」

全く本気でそう思っている。このハーブ達のいいところが伝われば本当に嬉しい。

「そうですか。ではそうさせていただきますね。必ず払いに来ます。」

「あなたが笑顔で過ごせてからでいいですよ。」

今までで来なかった人は当然いる。それは人それぞれだから構わない。むしろ元気になって今までの事を忘れて明るく生きていってほしいものだ。

「このハーブティー、ひまわりって名前にしてもいいですか?私自分の気に入ったものには名前を付けるんです。このハーブティーすごく気に入りました。なんか笑顔になれるんです。これを飲めば太陽にむかって笑顔で咲くひまわりのように過ごせそうだなって。」

彼女は茶色い袋を手に取って少し上に掲げ見つめながら話した。私はじつは別の名前を用意していたのですが、彼女の言葉がしっくりきたのと徐々に楽しそうに話していく姿に一瞬で用意した名前を忘れてしまったのである。

「ひまわり。いいですね。ハーブ達もきっと喜びますよ。」

彼女は、こんなにもハッキリと話す人だったのか?私の目を見て話すこの目の前にいる女性は今明らかに楽しそうである。椅子から降りた姿は凛としており、とても大きく見えた。これが本当の彼女の姿なんだろう。ここのところちょっとつまずいていただけなのかもしれない。

「今日はありがとうございました。この店に来れて良かったです。必ずまた来ます。」

引き戸の前で振り返り笑顔でそう挨拶し、店から出ると窓ガラスの向こう側で軽く会釈をし、足取りも軽く颯爽と歩いて行った。

ありがとうございましたと言わるのはやはり嬉しい。ハーブ達のおかげで私も来られた方も喜べるとはまさに至福のひと時。あとはもう少し商売上手になればと思っている。

 

そうそう、彼女に伝え忘れたことがありました。あなたは太陽に向かって笑顔で咲くひまわりではないんです。そのように過ごしてはいかないと思います。なぜならあなた自身が太陽だからです。あなたの笑顔が太陽になり、その笑顔が周りの人を笑顔にしていきます。うちのひまわりはそのきっかけだけです。全てはもともとあなたの持っている力なんです。とハーブ達が言ってましたと。 まっ そう思っているだけかもしれませんがね。